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はじめまして!
当「合鍵物語」は、合鍵にまつわるたくさんの特別な思い出を集めたサイトです。
両親共働きで鍵っ子だった思い出、彼から初めてもらった鍵、などなど!とっておきのエピソードがいっぱい。
合鍵は複製できても、思い出は複製できないのです。ぜひ一話ずつ大切に読んでいってくださいね。

右のポケット

黄色いカバーをつけたランドセルを背負って、僕の小学校生活が始まった。
今の様に学童保育なんてない時代でしたから、学校が終わったらランドセルを背負ってうちに帰り、おやつと宿題を済ませて母親の帰りを待った。

僕は外で元気いっぱい遊ぶ様な子供ではなかったので、外で友達と遊ばないことは苦にならなかった。
どちらかといえば、家で本を読んだり、絵を描いたりしている方が好きだ。
母が働いていることを利用して、遊びに誘われても「今日は母さんが仕事だから」と断る。
だからだろうか、次第に色々なことを言われる様になった。
僕自身はなんとも思っていないのに、周囲の大人たちはひたすら「かわいそうね」を連呼する。

お母さんが働いていて可哀想ね。
お母さんまで働かなくちゃいけないなんて可哀想ね。
家庭の事情で、一人でお留守番可哀想ね。
お友達とあまり遊べなくて可哀想ね。

言っておくが、母は僕に「外で遊ぶな」「友達と遊ぶな」なんて言ったことは一度もない。
父だって、「少しは外で遊んだらどうだ」と僕に言っていたくらいだ。
僕が遊ばないのは僕の意思でしかないのに、こうやって色々な人に勝手に想像されて「可哀想ね」なんていわれると、頭にくる以外の何者でもない。

ムカつく。

当時の僕は、この感情をどう表現していいか解らなかったけれど、こういう感情だった様に思う。
ムカついていた、周囲の大人たちに。

ある日、担任の先生が僕に言った。

『友達と話ができないのは辛いだろう、僕がお母さんに何とかできないか言いたい』

その時僕は、こう言った。

『先生、僕は別に友達と遊べなくても良いです』

そう言い返すしかなかったのだ。
なんて言い返せばいいか解らなかったのだ、僕には。

今の僕なら、きっとこう言い返すだろう。
「余計なお世話だ、バカヤロー!!」

でも、当時の僕は、ただうつむいてポケットの中に入れた鍵を握るしかなかった。
ポケットの中で、掌にある僕の鍵だけが、僕のことを守ってくれる気がしていた。

今でも、合い鍵屋でカラフルな鍵を見ると、あの頃の自分を思い出す。
あの頃、ぼくはそんなに寂しくなかった。
寂しい思いをしたこともあったけど、それは周囲が想像するほどではなかったと思う。
むしろ、周囲の大人が僕を「かわいそう」にしたがった。

なぜなんだろう。
今考えてもちっとも解らない。
あの頃の大人たちは、なぜ僕のことをそんなに「可哀想」と言ったのだろう。
子供の頃の僕は、大人になったら大人の気持ちがわかる様になるんだって思ってた。
だけど、解らない。
でもきっと、解らなくて良いんだろうと思ってる。

当時の僕のことを思い出すと、必ず浮かび上がるのはあの青い鍵。
僕は、学校に行くときはいつも、右のポケットに鍵を入れていた。
首から提げていると、みんなに可哀想可哀想言われるからイヤだったのだ。

そして、大人たちに「可哀想」と言われる度に、右のポケットで鍵を握った。
掌に食い込む、ギザギザの鍵。
あの感触は、20歳を超えた今でも忘れない。

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